マンション改修の歴史2(ステップ編)

工事修繕等専門委員会の活動(築後9年目から)

組織された専門委員会の活動は、いきなり難問の解決から
……大規模修繕へ向けての準備期間 (ステップ)……


【はじめに私見】
 マンションに住む建築士の皆さんへ。どんな形でも良いから、管理組合のアドバイザーになってください
 私は大きなことが言えた義理ではない。
 入居してから、心のどこかで、マンションは「仮の住まい」であり、いつかは「土地付き一戸建て」に移り住むのだと思っていた。
 鉄筋コンクリートのマンションに永住なんてできるか、とも思っていた。じっさいに朝から夜遅くまで仕事に追われていると、マンションでどんな問題が起きているのかさえ、分からずに過ごしてしまう。
 しかし、管理組合の理事会のみなさんが、慣れない建築用語に振り回され、見積書の金額を見て途方に暮れているのを、黙ってみているのは男がすたる。
 あなたの、ちょっとしたアドバイスで、管理組合は百人力の勇気を与えられるのだ。(これは3年間、工事修繕等専門委員として、理事会にアドバイスをしてきた、偽らざる実感である。)
 そして、マンションの理事会の皆さんへ、何としても専門家を味方に引き入れてください。
 これも私の実感として、建築10年を過ぎた頃から、マンションではいろんなことが起こるが、どれひとつとっても、専門家の知恵を借りないと、修繕積立金は底が抜けたように流れ出してしまう。たしかに、管理会社や施工業者に絶大な信頼をおけるなら、管理組合としては、大船に乗った気持ちでいられるだろうが、そんな管理会社があるなら、ぜひ教えていただきたい。
 いずれにしても、私たちのマンションでおこったこと、そして私たちが実践したことを、具体的に紹介ていこう。

【大規模修繕に関する、わかりやすい解説書】
 大規模修繕には、専門用語がつきものである。
 「私たちのマンションには、専門家がついているから、彼に聞けば心配ない」と考えるのは、早計である。
 専門家自身は、専門用語を理解もし、それをつかうことができても、それをシロートである入居者に分かりやすく説明できるとは限らない。むしろ「面倒くさくて、いちいち説明なんてしていられない」というのがホンネだろうと思うし、このホームページでも、ひとつひとつの用語までは解説する時間がない。
 そこで、紹介したいのは、私も工事説明会などで入居者の皆さんに説明するときに、お世話になった本である。
 「建築の専門家でないひとに、専門用語を分かりやすく説明する」ためのガイドとして有効なので、管理組合の理事会として常備されると良いと思う。
 ※マンションの管理に関する情報は、インターネットのホームページで十分に収集できるが、いわゆる用語事典や基本テキストは、本を買うのが早道のようである。  

写真
書名 マンション管理に役立つ用語1000 マンション管理組合テキスト
〜小さな自治体をめざして
マンション計画修繕の実務
〜工事の進め方のポイント
管理組合運営のための
マンション・トラブル百科
情報 JS日本総合住生活梶E編
(本体 \3000)
住生活研究所・編
学芸出版社(本体 \2400)
JS日本総合住生活梶E編
(本体 \1942)
集合住宅管理組合センター他編(本体 \1500)
コメント 図や写真が豊富で、見やすく、基本の一冊。建築や、設備の専門用語の解説も「管理組合の役員」向けでわかりやすさに徹している。あえて、常備必読書と呼ばせてもらう。
京都市に本拠地のある住生活研究所からの情報発信。執筆陣が多彩で、管理組合役員の経験談が豊富。読んで、もっとも私の好みに合った、管理組合の教科書。 マンガイラストが本文の半分近くを占め、じっさいの大規模修繕の進め方について書いた本の中では、もっとも読みやすい。ただ、専門家から見ると、物足りない。 トラブル百科というより、Q&A集の体裁をとっている。この本にしか載っていない、現実的なノウハウも豊富で、たいへん具体的で分かりやすい。

私たちのマンション(「札幌Pハイム」)の自己紹介は、こちら


入居9年目で、専門委員会を結成……まずは順調な滑り出しに見えたが

1995(H7).9
入居9年目
理事会発信の広報により、1ヶ月間、組合員から専門委員を募り、結果として4名が応募する。
1級建築士(私Tera)・電力会社OB(Tさん)・土木設計技術者(Wさん)・設備関係(Kさん)の4名で、全員が過去の理事経験者である。
4人は、理事会から、「大規模修繕工事等専門委員」に委嘱され、結成早々、外部や屋上の目視検査を行なった。
屋上防水や外部塗装は思ったよりしっかりしているが、塔屋のスチールドアの塗装劣化が著しいことが気になった。
全体としては、緊急を要しないが、この2年程度で、足場を設置しての大規模修繕が必要になると思われるという答申をした。
1995.12.1 入居満9年の定期総会議事録は、ホップ編に記載した。
新しい理事会が発足し、最初に相談をうけたことは、「排水管に関する異常」についての検討だった。

排水管問題という難問

 専門委員会として、1年間にわたって取り組んだ「排水管問題」を、ひとことで紹介することは難しい。
 私の手元には、当時の記録として、A4版で50枚以上の文書が残っている。

  1. 理事長が入居者に配布した文書
  2. 理事会・専門委員会の議事録
  3. 業者との打合せ記録
  4. 専門委員会が、入居者に配布した見解書
  5. 臨時総会議事録。配付資料

 ……などである。
 この記録だけで、1本のドキュメンタリーが書けるのではないかと思うほどで、同じような問題を抱えるマンションにとっては参考になると思う。 リピーターの方には、是非読んできただきたい。

 (排水管問題の詳細については、こちらへ 1998.12.27アップロード) (印刷すると、A4版で35ページ)

やはり、10年目は鬼門か? 小修繕工事が続出

 記録を整理しても、追いつかないのがこの年に発生した小修繕の数々である。
 下記の総会議事録にあるように、この年は、「排水管問題」を筆頭に、「ガス排気筒工事(工事業者による無償工事)」「灯油メーターの取り替え工事」など、設備関係に集中したことが特徴である。
 詳細な記録は、とりあえず「大規模修繕」からははずれるので、「排水管工事」をまとめあげてからの公開を予定しているが、いずれの工事についても、必ず理事会から、専門委員会に対して諮問があり、工事の必要性や、業者の選択などでは、そのつど意見を求められた。専門委員会の開催回数は、この入居10年目が、群を抜いて多い。
 私たち専門委員会は、何ら決定権を持たない代わりに、理事会の補佐役として1年間で急成長を遂げた。
 

1996(H8).11.30
入居10年目
満10周年 定期総会 (出席32 委任状18 合計50)
入居満10周年を迎えた定期総会は、たいへんな盛会だった。
  1. 平成7年度事業報告の承認
    事業報告が、決算報告と別の議案として提出されたこと自体が、この年を特徴づけている。
    • 排水管修繕工事の完了
    • 灯油メーター取り替え工事の実施
    • ガス排気筒取り替え工事の実施
    • ガス瞬間湯沸かし器の点検
    • 排水管清掃の実施
    • 屋上防水等の点検実施
    • マンションの水質検査実施報告
    • マンション前庭の芝復元工事の実施
    • 自転車置き場の増設
    • マンション前庭のツツジの植え替え
    • 未収金問題の経過
    • 香典の支出規準の明確化
    • 管理用具収納庫・ゴミ集積場所ネットの購入
    • マンション10周年記念事業の実施
     理事長の報告は、ゆうに15分を超えるものだったと記憶している。この年に、諸問題が噴出したことに加え、理事長の人柄がにじみ出る、細やかな報告であった。
  2. 平成7年度決算報告・監査報告の承認
  3. 平成8年度予算案の承認
    排水管修繕工事の代金として、じっさいの費用の半額とはいえ、約430万円を「修繕積立金」から取り崩す必要が生じたが、疑義なく承認された。
  4. 新役員の選任  4人全員を新任
◆総会後、入居満10周年の記念式典(会食)。
 入居当時から連続10年間勤めて下さった、派遣管理人のKさんに感謝状を贈呈。
 マンション全景の写真を配した「記念テレフォンカード」を全戸に配布。
 懇親会では、食事と多少の酒も入り、和気あいあいのなかで10年という歳月を懐かしんだ。

【私見】
 情報開示の大切さについて。
 排水管問題の解決については、工事の前に臨時総会も開いたし、この1年間の周知活動(文書配布)の成果もあり、混乱もなく組合員の理解を得ることができた。
 修繕積立金の中から、約430万円の出費は、確かに痛かったが、本来ならば1000万円の支出が発生していたはずだという思いが、組合内部で「専門委員会」へのおおきな信頼を生んだ。しかし、わたしは、むしろ、その信頼がどこから生まれたかというと、結果としての支出圧縮より、問題の発生から解決までのプロセスを、とにかく理事会が、あるいは専門委員会が、「お知らせ」にて周知し続けたことが大きいと思う。
 じじつ、工事初期の段階では、組合員から理事長に対して「とにかく情報が足りない、努力を惜しまず知らせろ。」という強い要望が寄せられたことを聞いている。それ以後、度重なる理事会・専門委員会の記録も、可能な限り、組合員に発信し続けた理事長の姿勢には頭が下がった。理事長は私たち専門委員に対する絶大なる信頼を表明してくれたし、「専門委員なくして、解決なし」というほどの対応をしてくれた。定期総会でも、そのことを組合員に伝えて下さった。
 こうして、私たち専門委員会は、この難工事を乗り越えたことで、来るべき大規模修繕に対しても、組合員全体のよりどころとなる自信ができ、また組合員内部にも、専門委員会に対する信頼という土壌ができたように思う。
 
 なお、専門委員会からは、懇親会の席上、
○1997年(入居11年目)……建物調査診断・改修設計・見積徴収・業者決定
○1998年(入居12年目)……大規模修繕工事の実施
 を、大きなスケジュールとして考えていると、報告した。

1996.12.10 先の総会で、1階上部のベランダ庇の先端から、コンクリート片が割れて落ちたという報告があった。
早速専門委員として、現地調査の必要性から、「ベランダに関する緊急アンケート」を実施。
1997.1 昨年末に、5階のキッチンの水栓がゆるんで、4階の天井からぽたぽた漏水するという事故が発生した。
この概要を、報告し、「台所流し台のワンレバー水栓のぐらつき点検について」という文書を発行して、緊急調査した。
また、さきのベランダアンケートの回収結果をもとに、必要な世帯について、実地調査を実施。
さいわい、1階ベランダの軒先に悪さが集中し、上階には大きな異常が発生していないことを確認した。

 【私見】 
 気が抜けたわけではないが、じっさいにこれから、大規模修繕の準備をどのようにすすめるかを考える時間が不足していた。私の本業は、建築現場の所長であるが、このとき、しごと(現場)が札幌市内から離れていたこともあって、たいへんに忙しい思いをしていたからである。

 札幌市内の、改修の専門業者としては、「北海道ビルリフォーム協同組合」という業界団体があり(22社加盟 組合Tel 011-856-9511)、その中から何社かをピックアップして、依頼をするのが良いのだろうと、私の職業柄、考えていた。
 ただ、いっぽうで、業界団体とは、いったい何だろう? とわたしはいつも思う。
 同じ問題を抱える各企業が、情報を交換し、技術を磨き、「お客様のために」を合い言葉に切磋琢磨しているなら、願ってもない依頼先と言えるだろうが、はたして実体はどうなのだろう?
 建築施工を専門としていながら、改修工事となると、どの業者が信頼できるのか、さっぱりわからない。
 
 この段階で、私が考えていた「業者決定の方法」は、漠然と次のようなイメージであった。

  1. 私自身のふだんの取引業者の中に、ビルリフォーム協同組合の業者がいるなら、ざっくばらんに話をしてみる。
  2. できれば、じっさいに施工したマンションの理事長に、会って話を聞く
  3. 施工した実績(出来映え)をじっさいに見て回る。


 いずれにしても、私が抱えていた札幌市外の仕事(現場)が7月に終わってから、本格的に動こう、と思っていた。それからでもじゅうぶん間に合うからである。
 私の頭の中では、「金額優先(安い業者に決める)」という発想は、まったくなかった。
 それは、私自身の20年間にわたる建築施工の経験の中で、当然のように染みついた考えであり、今までに、幾度となく「安かろう、悪かろう」という出来映えを見てきたからである。
 ところで、私の重たい尻を後押しするかのように、私の回りが先に動き始めた。

1997.4
入居11年目
私たちの住むマンションのすぐ近くで、同規模の大規模修繕が始まった。足場で囲われた外観を見て、組合員の中に、「来年は、私たちのマンションもあんな風に足場を組むのだ」という具体的なイメージが湧いた。
1997.5 ある日、理事長から相談を受けた。
「『北海道塗装(仮名)』の営業マンの来訪を受けた。建物の診断を無料でさせていただきたいと言ってきているが、よろしいか?」
渡りに船です、とふたつ返事。
同社は、数日後、会社のパンフレットを持って、診断作業について打合せにきた。
  1. コンクリートの診断をするのに、1階の壁に直径10o程度の穴を2ヵ所明けたい
  2. 塗装の診断をするのに、1階の壁の塗装を5p角程度剥がしたい。
  3. ベランダの床や天井・金物を見せてほしい。
  4. 屋上に上がりたいので、鍵を借りたい。

いずれも、調査に必要なことなので、打合せの結果を理事長に知らせて、協力を要請し、実際の診断を行った。
1997.6 北海道塗装」から、建物診断書と、会社案内が提出された。そして、「参考までに」ということで、概算見積書が提出された。会って話も聞いた。概算見積金額は、約3180万円となった。
理事会を開いて、その内容を報告。
診断の内容は、私が想像していたとおりであり、当初の予定通り、来年度に改修を実施すべく提案した。
施工については、昨年の排水管修繕でも力を貸して貰った、販売会社の「札幌マンション販売(仮名)」にも声を掛けてみようということになり、専門委員の私から連絡をとった。
数日後、返事が来る。
「札幌マンション販売としては、これからの営業展開のためにも、アフターサービスの一貫として改修工事に取り組んでいきたい。改修の専門業者とタイアップして、診断を実施する。」とのこと。
1997.7 札幌マンション販売」(じっさいには、その依頼を受けた「札幌塗装工芸(仮名)」)による調査・診断を実施。
その間、私自身は、ようやく札幌市外の仕事を終えて、真剣に改修の問題と取り組み始めていた。
改修に関する専門書(日本建築学会編 「外壁改修工事の基本的な考え方(湿式編)」など)も数冊買って、読み始めた。
1997.8 「札幌マンション販売」から、診断結果について、報告・説明したいとの連絡を受ける。
「札幌マンション販売」から、「札幌塗装工芸」の改修設計部長Sさんを紹介される。
診断の内容(建物診断書)についての、詳細な説明を受ける。そして彼の提案によれば、私たちのマンションの改修に必要な金額は、約4250万円だった。
この段階で、ふたつの業者の改修設計について比較表(改修設計比較表)を作成した。
診断の内容や、改修設計の方針を、管理組合の役員さんに理解させることは難しくはない。
難しいのは、こうして二つ以上の「改修設計案」が出てきたときに、それを比較検討して、どちらを採用するかを決定することである。その仕事にかんしては、どうしても建築の専門家の意見が必要なのである。私の判断は、「カネがかかっても、下地をしっかりつくる業者に仕事を頼みたい。」というものだった。
1997.9 北海道塗装」から、改修中の現場を、ぜひ見てほしいと言われ、土曜日の午後を、現場見学に宛てる。
札幌市内の3件の現場を、案内され、足場を登って見て回る。
@建物のひび割れに対する処置方法
Aシーリングや防水などの納まり
B安全管理体制など
……基本的に、自分たちが作成した「改修設計仕様書」通りに、「ちゃんと仕事をしている」ということを確認した。すなわち、コンクリートひび割れの処理方法も、ベランダの防水も、屋上のアスファルト防水の手順も、シーリングも、教科書通りにやっているということである。それは、それで何の問題もないのである。

 【私見】
 あちらを立てれば、こちらが立たず……どうやって業者を決めるの?
 私は、ぐずぐずしていた。
 改修工事の方針立案の段階で、迷いが生じていたからである。
 組合員は、「うちのマンションには、専門委員会があって、剛椀の1級建築士もいる(のだから、安心だ)。」と思っている。しかし、同じようにマンションに住んでいて、大規模修繕工事の監理を引き受けた、私の同僚Mの話が、ずっと心に引っかかっていた。
 私は、原則としてこのホームページには、「自分が見、聞き、体験したこと」しか書かない。ヒトの話は、どうしても誇張が入るし、おもしろおかしくするための脚色が施されるからである。
 しかし、この話は、当時の私の心を占領するほどの重さをもっていたから、触れずに先に進むことができない。私の同僚の告白ではあるが、すべてが真実とは思っていない。だから、「私が見た夢」だと思って、読んで下さればありがたい。

 同僚Mの住む、札幌市内のマンションでは、改修工事が進行中だった。
 この春先に足場を組み、9月になっても足場の解体が終わらないというペースだった。
 改修工事の業者決定については、理事会主導で、5社から見積もりを取り、いちばん値段の安いA社に決めたのだという。
 同僚Mは、専門委員の立場で、自らの意志によりB社を推薦し、「安かろう、悪かろう」を排除するように、口を酸っぱくして、理事会に助言したという。
 同僚Mの話を要約すると、改修仕様書を作成したにも関わらず、5社の見積内容が微妙に異なっている(安い見積を入れた業者は、下地処理関係の見積内容が甘い)ため、何度も内容を確認し、訂正させて、見積条件を統一したという。その上で、5社の競争になり、最低価格のA社に決定したという。
 Mは、A社の当初の見積内容に対して不信感を抱き、業者決定の経過を不満に思ったが、理事会からは工事の監理を委託され、道義上引き受けざるを得なかった。
 修繕工事が始まり、ひび割れの補修が進む。Mはサラリーマンであるから、せいぜい毎週土曜日の午後しか検査ができない。そして、検査の結果、見積仕様書で指示したものと違う工法が安易に採用され、正しく処理すべき場所を見落としているケースがたくさん見つかり、それに対して、仕様書通りに(Uカットして、シーリング)するよう、手直しの指示をした。
 その翌週、業者が「手直しをした」という部分は、確かにUカットしてシーリングをしているのだが、そのすぐ隣は、なおした形跡が無く、次の工程に移ってしまっている。そこで、Mは怒って、そこを剥がすように指示し、きちんと下地処理をしていないことを、理事会に報告した上で、監理者の確認が終わるまで次の工程に進んではならないと釘を差した。
 しかし、施工業者の体質は変わらない。
 Mの言葉を借りれば、監理者の目を盗んで、なし崩しに工程を進め、検査のたびにあちこちやり直しとなり、すでに工事完了予定日を2カ月過ぎたのだという。そして、業者は「我々は、管理組合の理事長と契約したのに、管理組合の監理者から横槍が入り、工期が大幅に遅れている。これ以上、工事の邪魔をするなら、足場の延滞損料について、損害賠償を求めるが、良いか?」という意味のことを、理事長に訴えたのだという。結局、Mは、なだめすかされ、監理者を辞した。

 この話が、真実かどうかは、私にはわからないし、知りたいとも思わない。
 ただ、私のマンションで、これと同じ事態が起こらないという保証は、どこにもないのだ。

 この間の心境は、マンション改修ページの冒頭に述べた。

 悪い情報が集まり始めると、まるで磁石に吸い寄せられるように悪い情報ばかりが集まり始めるのだろうか?
 私は、悪い情報からは、もう学ぶべきことは何もないと知っていたし、うまくいった例を知りたくて、うずうずしていた。
 同僚Mのマンションは、どこで失敗したのだろう? その失敗を防ぐには、どうしたら良いのだろう?
 わたしは、典型的な、「あちら(カネ)を立てれば、こちら(できばえ)が立たず」という堂々巡りにはまっていた。
 だから、たとえば、理事会でこういう論議になると、何と答えてよいものか、立ち往生してしまうのである。

1997.9 理事会・専門委員会にて、改修工事仕様書を説明・質疑応答
いちばん大事なことは、下地をしっかり作ることだと力説するが、理事から異論も続出する。
「下地をしっかり作ることで、具体的にどんなメリットがあるのかを、総会で、組合員に納得してもらえるだろうか?」
「仮に、同じような出来映えだとして、A社とB社の見積金額に仮に10%くらい差があるとしたら、組合員は当然安い方に決めろということになるだろう。」
「何より、共通の仕様書で指示して、見積りを取り寄せるなら、出来映えは同じにならなければいけない。そうでなければ、競争入札の前提が崩れる。」
「我々は、官庁工事のような杓子定規の指名競争入札をする必要はない。あくまで、同じ条件で見積もってもらい、業者の話を聞いて、みんなが納得する形で業者を決めたらよい。」
「金額で決めるのは、唯一公正で客観的な、最後の手段としてある。しかし、高い見積を出した業者が、金額の差を覆すほどの、説得力があったなら、それはそれで理事会全員の総意で決めても良いのでは?」
「しかし、それだけ説得力のある理屈なんて、あるのかね?」
……カネ(見積金額)で決める、というのは確かにみんながいちばん納得しやすい決定方法である。
   しかし、私は、それが、唯一最善の方法ではないと考えている。しかし、どうやったら、理事会の決定を、総会で組合員のみなさんが納得するだろうか? そもそも、理事会や、他の専門委員が、「金額以外の決定方法」を支持してくれるだろうか?
1997.9 札幌マンション販売」から連絡があり、
「予算を圧縮する方法について、いくつかの提案がある。相談に乗って欲しい」とのことで、打合せ。
 塗装のグレードや、屋上のアスファルト防水、物置の塗り替えなどについて、細部を煮詰める。
 しかし、どんなに煮詰めても、「今までの経験から言って、同じ仕様書で、見積を作って、北海道塗装と競争したら、100%、うちは勝てません。うちは、北海道塗装さんの見積金額では、絶対に受注できません。」という。
 いっぽう、じっさいに、「札幌塗装工芸」の施工事例を見ておかなければと思い、何件か紹介してもらって、会社の帰りに見に行ってみることにした。

【私見】

天啓……たったひとつの成功事例があれば、それでよい!

札幌塗装工芸」の施工事例を見たいので、何件か紹介してほしいと頼んだら、
「この春に施工したばかりの物件が、近くにあるので、ぜひ見てもらいたい。」とのこと
「すぐとなりのマンションは、4年ほど前に、別な業者が改修したので、できばえが比較できる。」とも。
 指定された住所に行ってみたが、交差点に面して、新築のマンションが1棟建っており、改修をしたと思われるマンションは、その向こうに1棟しかしか見当たらない。
 とりあえず、クルマを止めて改修したマンションをじっくり見た。
 仕上げの表面にクラックは出ていないけれど、下地処理が不十分で、あらが目立つ。
 一周してから、隣の新築マンションの玄関プレートを見て、びっくりした。そこには、札幌塗装工芸に教えたもらったマンションの名前が刻まれていたのだ。
 新築だと思いこんでいたマンションを、そういう目で見直すと、確かに1階の専用庭の植木は、かなり育っているし、玄関のステンレスドアの表面も、すこしくすみを帯びている。
 しかし、外壁は、みごとにきれいだと思った。

 誤解を恐れずに、正直に書く。
 私は、その出来映えをみて感動した。
 自分自身が、新築ビルの建設現場で監督をしているから、建物の出来映えの良し悪しを判断するのが、仕事である。
 そのわたしが、これまで、改修工事の方針(仕様書と、見積金額と、業者決定方法)について、ぐずぐずと決めかねていたのは、心のどこかで、「改修工事=下地の悪さをカバーしきれない、単なる化粧直し」というイメージがあり、「しょせんは改修工事ではないか、どこで施工しても、変わりばえがしない。」と思っていたのだと思う。だから、最後は、必然的に、安い業者に決まるのだろうとも思っていた。
 これまでに、専門委員となってから、意識して私が目にしたマンションの改修物件は、どこも「しょせん改修」という出来映えだったのだ。そういう建物ばかりを見てきたから、「新築と見間違うほどの改修」があることに、新鮮な驚きがあった。そして、施工のプロとして、こういう施工をする「札幌塗装工芸」こそ、求めていた業者なのだと確信した。
 良いものを作りたければ、良いものを見ればよい。
 悪いものを100棟見たところで、良いもののイメージ(出来映え)は、つかめない。
 良いものには力がある。
 説明もいらないし、言い訳も通用しない。良いものは、無言でそこに立つだけで良いのだ。

 目から鱗が落ちた。

 こうなれば、実務家としての私の専門領域である。どんなことをしても、理事会を説得して、管理組合総会を乗り切るのにじゅうぶんな説得資料を作るだけだ。
 今、思い返して苦笑するが、当時の私の心境は、「新築に見間違えた、改修マンション」に一目惚れをしたのだと思う。誤解しないでいただきたいが、私は、「札幌塗装工芸」に惚れたのではない。彼らが改修した結果としての「建物」に惚れたのだ。 そして、私の住むマンションにも、そのイメージをしっかりと重ね合わせたのである。

 私は、私の住むマンションが、来年の夏、新築同然に生まれ変わって、お目見えする日のことを夢見た。

1997.10.17  理事会・専門委員会で、「特記仕様書・見積要領書」を提案。その方針を詳細に説明し、承認を得る。その席で、基本的な改修の方針は、「札幌マンション販売」の下でじっさいに診断・設計した「札幌塗装工芸」の提案を採用したことを話した。
 また、業者決定までのスケジュールを、「理事会推薦業者選定要領書」として提案し、承認を得る。
 0月24日には、理事会案を決定し、11月30日の定期総会で、全体の承認を得るスケジュール。
 理事会にて承認を受けた、スケジュールにのっとり、2業者との打合せをスタートする。
1997.10.18  専門委員会にて、「改修建物見学会」を実施。
 事前に、「北海道塗装」と、「札幌塗装工芸」から、過去5年間に改修した建物のリストを貰った。ただし、「札幌塗装工芸」は、マンションの改修を手がけて年数が浅いため、その事業を引っ張っている改修設計部長のSさん本人が、かつて勤めていた施工会社で設計・監理した建物まで、範囲を広げることにした。私は、そのリストを札幌地図にプロットし、私たちのマンションを起点として札幌市内を半周する(北区・中央区・豊平区・厚別区)形で、各社5カ所ずつの施工物件を選び、順番に回ることにした。
 私の呼びかけに対し、都合のついた理事・専門委員は、たったひとりだった。
 私は、彼に10軒を順番に並べた、建物リストを渡して、5段階評価のイメージで判定をしてもらいたいと言った。土木設計の仕事をしているWさんは、コンクリートの知識は持ち合わせているが、塗装を含めた建築の仕上げに関しては、自ら素人だと言った。私は、「素人の目で見てほしいのだ。」と答え、見学会に出発した。
 もちろん、どの建物が、どちらの業者で施工したかは、伏せてあった。

良いものには、説明を不要にするだけの力があった。

 一緒に回った専門委員が、一人でも、三人でも同じことだと思っていた。
 要は、私以外の誰かが、改修した建物に対して、私と同じような体験をしてくれることを信じたのである。
 良いものには力がある。説明も、弁解もいらないはずである。
 果たして、土曜日の午後を半日つぶして、札幌市内を回った結果は、私の想像をも超える結果となった。
 Wさんのくだした評価は、

  1. ◎ (仕上げが新築のように美しい) が2軒
  2. ○ (美しい) が2軒
  3. △ (改修だからこんなものかな) が3軒
  4. × (仕上げが雑で、こういう業者には頼みたくない) が3軒

であった。
 ちなみに、私の評価と、それは完全に一致した。
 ここではじめてWさんに、施工業者を教えて、仕訳をした。

 この結果を見て、Wさんはため息まじりに、こう言った。
 「Tera さんの言っていた意味が、ようやくわかった。こうなったら、理事会全員に、この10軒の建物を見せよう。これなら、全員が『少しくらい高くても、札幌塗装工芸に決めよう。』って話になるよ。10軒回って、これだけ違いがあったら、理事会としては『北海道塗装』は、推薦できないもの。」
 じっさいに、このあと、理事会全員での見学会は実現できなかった。
 しかし、10月24日の理事会で、Wさんは、自分の目で確かめたことを熱っぽく語り、「多少の金額をけちって、業者選定を誤ったら、これから10年間、ずっと苦しい思いをすることになる。」と言い切った。

1997.10.24 理事会・専門委員会全員を前に、2社が順番に、それぞれ仕事をアピールし、質疑応答を行う。
非常に活発な質疑応答があった。30分ずつでは足りなかった。
このとき提出された、最終見積書の差額は、わずかに120万円であった。
( このいきさつは、「メール往来」のQ&Aコーナーに詳しい=1998/8/9追記)
1997.10.24 理事会・専門委員会での協議
  1. 同じ仕様書で、約120万円の差が出たが、この差は下地処理の考え方から出ている。
  2. 当初から、「札幌マンション販売」=「札幌塗装工芸」は、下地処理の重要性を訴え続けており、その見積金額は信頼できる。
  3. なにより、先日の専門委員会での市内巡回で、「札幌塗装工芸」の出来映えの良さが評価され、反対に「北海道塗装」の仕事の出来映えは、芳しくない。
  4. 質疑応答の明快さから考えても、「札幌マンション販売」=「札幌塗装工芸」なら信頼がおけそうだ。

……ということで、全会一致で、理事会としての、総会に対する推薦業者を「札幌マンション販売」と決定した。
1997.10.25 理事長名で、工事業者の決定通知を郵送し、ひとまず大きな山を超えた。

 ここまでの段取りを終えて、私は、会社のしごとで、2週間のヨーロッパ視察へ旅立った。
 そして、帰国早々、総会の議案添付資料として「大規模修繕についての検討結果報告書」をまとめ、組合員に事前配布した。

 その直後、とんでもない事態が出現したのである。
 それは、11月17日たくぎん(北海道拓殖銀行)の倒産である。
 北海道の経済にとっての打撃の大きさは、計り知れないほど大きかった。
 私たち理事会・専門委員会が、来年度の大規模修繕工事を依頼しようと決めた、販売会社の「札幌マンション販売」の株価の動きを注視しているひとが、役員の中にもいた。
 折しも、定期総会当日の朝、道内大手の木材業者が倒産したというニュースが、地元紙の第1面に載った。
 「このまま、契約の話を進めても大丈夫か?」と、注進してくれた人が現れた。
 私は、まず「札幌マンション販売」の、担当窓口であるHさんに電話を入れた。
 話の中身は公開する性質のものではないので、割愛する。
 そのあとで、理事長と相談した。 緊急理事会を開く余裕がなかった。
 そして、総会に提出した議案(大規模修繕の実施)のうち、「施工業者」については、決定ではなく、新理事会に一任していただくという変更提案をすることで、意見の一致を見た。

1997(H9).11.29
入居満11年
定期総会 (出席31 委任状14 合計45)
  1. 第11期(平成8年度)決算報告の承認
  2. 第12期(平成9年度)予算案の承認
  3. 役員改選 4名新任 ただし、12年で、ほぼ毎年4人ずつ入居者のうち、役員のしごとが可能な人は、ほとんどが役員を経験したこともあり、来年度から役員の任期や選出方法を検討することに。
  4. 大規模修繕工事の実施を承認
    先の報告書について専門委員から詳しく説明した上で、提案者から「変更提案」という形で、原則は「札幌マンション販売」とするが、年明けの道内経済界の動きを注視しながら、新理事会・専門委員会に、一任していただくことを承認。
    総会のなかでは、「理事会・専門委員会が、新聞の株価欄まで気を配って、真摯に工事の行方を見守っていることに、強い信頼を表明する」という意見も出た。
  5. その他の事項
    ・共用階段の手すりの必要性を承認
    ・全面通路のロードヒーティングの必要性について今後検討
    ・共用部分の夜間点灯の方式について、今後検討
    ・大規模修繕にかかわる専門委員会の位置付けについて規約改正の検討
    ・各種修繕工事の実施に向けて、工事発注規程の制定を検討
    などが話し合われ、来年2月に、上記のいくつかの案件について、臨時総会を開催することとした。
1998(H10).1.14
入居12年目
年が明けて、拓銀ショックも落ち着いた。しかし、道内経済界は低迷を続けていた。
管理会社から「ウチ(札幌マンションサービス・リフォーム事業部)が、元請けとなって責任を持って監理するという形も取れる。」という提案がでてきた。
1998.1.16〜 「札幌マンション販売」とも連絡をとり、管理会社とも話し合い、また、「札幌塗装工芸」とも話し合いを重ねる。
「札幌塗装工芸」の会社概要・工事経歴書・建設業の許可票などを取り寄せ、内容を確認。
「北海道建設年鑑」などの業界資料をもコピーして、新理事会への説得資料を作成。
1998.1.26 新理事会に対し、専門委員会を代表し、昨年から「札幌マンション販売」の下で、実質的に診断・設計・見積をしてきた「札幌塗装工芸」との直接契約を最終提案した。
また、これまでにまとめた、下記の文書について検討した。
1998.1.28 理事会にて、上記文書の一部文言を修正の上、臨時総会の開催に向けて最終調整。
1998.2.6 臨時総会開催 (出席22 委任状24 合計46)
  1. 工事業者の選定と経緯、及び内部監理者の委託(私)を承認
  2. 工事発注規程の制定について承認
    今回の監理委託料については、次年度定期総会において、業務内容を点検報告の上決定する
  3. 管理規約の一部改正について承認
  4. その他協議事項
    ・工事日程の概要
    ・工事説明会の開催
    ・外壁の色について決定方法についての質疑応答
1998.2.14 契約予定となった「札幌塗装工芸」の改修設計部長および、現場代理人と打合せ
いちばんひどいベランダ床の状態を確認し、改修手順を協議
外部塗装の仕様を、最終検討 見本塗り板の作成指示
1998.2.27〜 改修工事安全施工計画書を受理、検討
契約関係書類のチェック確認
契約日程の調整
1998.3.7 理事長名にて、「札幌塗装工芸」との大規模修繕工事契約を締結する

 ここで、平成7年度に立案した第二次長期修繕計画と、契約内訳書の比較を試みよう。
 下記の表について、第二次長期修繕計画(管理会社が作成)と、じっさいの契約内容(専門委員と、施工会社の共同作業)の違いを読みとっていただきたい。じっさいに、この比較表をつくったとき、管理会社のつくった数字の大雑把さにあきれ果てた。
 下地補修や、防水についてはその方法によって、倍以上の開きが出ることがある。しかし、内部塗装などは、常識的には誰が積算しても、違いの出ないものである。
 契約をした結果、このような表をまとめることによって、平成7年度に策定した第二次長期修繕計画の全面的見直しが必要なことは、組合員の誰が見ても明らかになったといえる。
 じっさい契約が終わったから言えるのだが、私が大規模修繕についての準備作業を、管理会社に依頼したくなかったのは、平成7年に提出された第二次長期修繕計画を見た瞬間に、その金額策定の裏付けがない(すなわち、技術力に信頼を置けない)ということを直感したからである。

修繕項目 長期修繕計画 実際の契約金額 コメント
仮設工事 6,000,000 8,200,000 契約は、私と、施工業者が知恵を絞って、スリムにした金額である
下地補修 3,400,000 9,000,000 今回、いかに下地に重点を置いたかが、この金額の差でわかる。
外壁塗装 11,200,000 7,900,000 今回、選択した仕上げ材は、5段階の3.5程度のグレード
シーリング打ち替え 4,200,000 4,600,000 これは、ほぼ一致している
屋上シルバーコート 3,100,000 620,000 最高級のトップコート材料を使っても、100万円はかからない。
鉄部塗装 内部 1,100,000 200,000 長期修繕計画の金額は根拠がない
鉄部塗装 外部 1,000,000 700,000 考え方で、このくらいの差が生じることは理解できる
共用内部塗装 9,730,000 1,800,000 長期修繕計画の金額は、まったく理解に苦しむ
集会室外部 460,000 足場・シール・壁・屋根 一式で
バルコニー床防水 2,800,000 長期修繕計画では、屋上とバルコニーが一式のため内訳は不明

 こうして、平成10年度の大規模修繕工事は、正式に発進することになった。
 契約が終わってしまえば、じっさいの工事の流れは、私の専門分野である。ここから先は、気楽に読んでいただきたい。
 


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