改修設計案の比較・検討 1997.8


 改修設計書は、作成する業者によって、「建物診断書」の最後に添付する場合と、別冊として作成する場合がある。
要するに、体裁よりも中身である。

 私は、建物診断に着手するときに、次のような指示を出した。

  1. 建物診断
  2. 改修設計
  3. 改修設計に基づく見積書の作成
  4. じっさいの施工

 を、責任をもって実施でき、その内容について説明できること。
 すなわち、改修設計の提案力は、そのまま、その業者の力量と判断する。 


 私が読んだ、大規模修繕のテキストには、

  1. 建物の診断は、(施工とは切り離して)専門業者に依頼すべきである。施工業者に、診断させると、作為がはたらいて、正確な診断が行われない可能性がある。
  2. 診断書をもとに、(設計の)専門家に、改修設計仕様書を作成してもらう。
  3. その設計者に監理してもらって、施工業者を競争入札などの方法で決定する。

という考え方も示されている。

 この考え方が成立するためには、じゅうぶんな技術力をもった診断専門業者が、複数社市場に存在することが最低限度必要である。
 この場合、「十分な技術力」とは、「改修施工業者からの信頼を得られるだけの調査能力」と理解したい。
 関東・関西圏のように、改修工事の市場が十分に成熟し、マンションが、自由に業者を選べるなら、そういう方法も、採用できるだろう。
 しかし、札幌の場合、果たしてどうなのだろう?
 私には、そのような診断専門業者や、改修設計の専門業者が、存在するのか、存在しないのかさえ、調べることができなかった。
 それは、正直に言って、私の「新築の専門家であっても、改修の専門家ではない」という能力の限界をはっきりと示している。


 さて、2社から提出された改修設計提案を、下記に比較してみた。当然、診断内容の解釈があって、改修設計案が作られるわけである。
 この状態で、別途作成された、「(提案型)改修工事見積書」の概算金額(トータル)を添えてみた。

項目 北海塗装工業 札幌マンション販売
外壁塗装 診断 外壁旧塗膜はアクリルタイル吹付仕上げ。
既存塗膜引張り試験は、平均値15.72 kgf/cm2とかなり高い数値がでて、健全な塗装塗膜である。
既存の仕上げ塗装は、アクリル吹付タイル。
付着力は東面で17.5 kgf/cm2、西面で22.5 kgf/cm2、北面で12.5 kgf/cm2
改修 旧塗膜劣化部は確実に撤去し、下地処理後、ウレタンエナメル仕上げ。できれば、(高価だが)透湿ウレタン吹付としたい。 既存塗装はヘッドカットし、下地処理後、複層仕上げ材REにて塗装
コンクリート 診断 窓廻り四隅にひび割れ。鉄筋露出に至った箇所も。
中性化試験の結果アルカリ性が進行。
ひび割れが267カ所。鉄筋爆裂が37カ所。
躯体コンクリートの中性化は東面で8m/m、西面で10m/m、北面で8m/m程度進行している。
躯体コンクリートの中性化は、抑制が必要。
改修 ひび割れや鉄筋爆裂部を補修の上、旧塗膜剥離部のみ塗装下地の補修吹き ひび割れ等の手当をし、コンクリートの中性化抑制した上で再塗装をした方が最善。カチオン系樹脂モルタルで2回しごき、厚2oの下地処理。
鉄部 診断 チョーキングが進行 鉄部材の錆による腐食は少ないが、塗膜表面のチョーキングが著しく、塗り替えの時期。
改修 ケレン・錆止め・塩化ゴム系塗料 錆を除去し、錆止めの上塩化ゴム系塗料
屋上 診断 屋上立上り部に、若干膨れの箇所。経年劣化によるアスファルト保護トップコートの変退色が全般的に進行。 屋上防水は立上りに膨れ現象が多く見受けられ、また一部に雨水の浸入している箇所もある。表面の摩耗も激しい。
改修 屋上立上り膨れ部のトーチ工法補修及び全面シルバートップコート塗装 全面再防水 (またはトーチ工法部分補修の上に全面シルバーコート塗装)
バルコニー 診断 バルコニー床、平面部は以前樹脂モルタルでしごいていおり、コンクリートスラブ及び樹脂モルタルのひび割れが数多く発生しており、その部分からの剥離を助長させています バルコニー床はひび割れが発生しており、防水機能が低下。笠木モルタルにもひび割れ。手摺支柱付け根の部分で凍害ひび割れ
改修 笠木天端まで不陸調整・樹脂モルタル処理の上、ウレタン防水2o 下地処理の上、ウレタンゴム系防水材3oで塗膜を形成。手摺支柱も、防水材で巻き込む
シール 診断 劣化が著しい 窓廻り・打継目地等にシーリングが打ち込みされていますが、随所に付着不良・一部破損があり、弾力性・耐候性が低下してきており、防水機能も低下してきている。
改修 変成シリコーンにて打ち替え 全面撤去の上、二成分系変成シリコーンシーリングにて打ち替え
内部 診断 ……  共用内部階段室は全般的に壁の汚れが目立ち始め、窓下にはひび割れが発生している。
改修 アクリル系仕上げ塗装 ひび割れをシール充填の上、アクリル系再塗装
見積金額 提案改修金額 3,180 万円 提案改修金額 4,250 万円
コメント  提案見積の段階では、数量の精算をしていないという条件で見積もった。  保存されている設計図をもとに、札幌マンション販売(設計・施工・販売)が数量調書を作成したので、数量の根拠はきわめて正確である。

以上の、結果を大雑把に比較すると、下地処理の考え方が、まったく違っていることがわかる。じっさい、コンクリート下地処理費は500万円以上の差が付いた。
また、つぎに大きく金額が違ったのは、外部足場である。施工を専門とする私の見解では、北海道塗装の外部足場の考え方は、甘いという印象を受けた。
すなわち、私の見る限り、建物の凹凸に対する外部足場組立の配慮(組立方法・作業手間)が不足していると思われたのである。


断っておくが、提出された「改修設計仕様書」は、10ページ以上の厚さを持ち、下地処理から仕上げに至る材料・工法が明記されている。
下に、その一例を示す。(外部鉄部塗装仕上げ)
一つは、考え方に大きな差の出た「コンクリート下地処理方法」である。 
つぎに、改修の考え方に差の出なかった、「外部鉄部塗装仕上げ」 微妙な表現のちがいが、二つの会社のそれぞれの方針を表している。

コンクリート下地処理・北海道塗装の例

既存塗膜 基本的に、十分な付着強度があるので、そのまま生かす。
鉄筋爆裂処理 鉄筋をはつり出し、  で、補修
ひび割れ処理 ひび割れ0.3ミリ未満は、樹脂モルタル増し塗り
ひび割れ0.3ミリ以上は、Vカットの上 弾性エポキシ剤充填
欠損部 コンクリート欠損部モルタル補修
下地処理 高圧洗浄のみ。
ただし、旧塗膜を剥離した部分(上記の補修部分)は、補修吹き付けを行い、下地調整する。

筆者注:この会社は、修繕積立金が不足がちのマンション修繕の経験が豊富である。
したがって、とりあえず、下地の補修は最低限度で終わらせて、化粧(新しい塗装)をしようという考え方に立つ。
提案型の仕様としては、レベルが低く、やや不満が残る。

コンクリート下地処理・札幌マンション販売の例

既存塗膜剥離ケレン 既存アクリルタイルをヘッドカット程度、電気工具にてケレンする。
鉄筋爆裂処理 鉄筋の錆膨張により、押し出され部分のコンクリートを鉄筋の裏側まではつり取り、
鉄筋の防錆処理を行い、コンクリートの中性化をはかるよう、断面修復します。
(コンクリートのはつり取れない箇所は、はつり取れるところまでとします。
ひび割れ処理
Vカットシール工法
0.3mm以上のひび割れは、ひび割れに沿って巾10mm・深さ10mm程度の溝を作り、
清掃後、2液混合変成シリコーン系シーリングを充填し納める。
(注: 0.3mm以下のひび割れ処理は、記載なし)
下地処理
コンクリート中性化抑制
剥離ケレン・ひび割れ処理・鉄筋爆裂処理後、水洗いを行い、カチオン系樹脂モルタルは、
左官しごきを行い、2mm厚に樹脂モルタルを付ける。
(厚さ1mmは、モルタルを1cm付けたほどの、中性化抑制効果があると、建設省の改修指針で
表示されています。)
 筆者注:
コンクリート欠損部補修 躯体コンクリートの破損している個所は、樹脂モルタルにて補修を行う。

筆者注:基本的に、旧塗膜は全て撤去して、下地を全面的にやり直そうという考え方。
ひび割れや鉄筋爆裂を処理した上で、全面的に厚さ2ミリのカチオン樹脂モルタルをしごくことで、今後のコンクリート中性化を抑制する考え。
ひとつの、ポリシーを持った提案である。

◆外部鉄部塗装仕上げ・北海道塗装の例
 (表現が、官庁工事に慣れており、専門家に受け入れられやすい)

項目 使用材料 回数 塗布量
s/u
塗装間隔
塗装方法
素地調整 3種ケレン程度
下塗り 変成エポキシ錆止め 0.15-0.17 24 刷毛塗り
中塗り 塩化ゴム系塗料 0.16-0.18  〃
上塗り 塩化ゴム系塗料 0.14-0.16  〃

◆ 外部鉄部塗装仕上げ・札幌マンション販売の例
 (専門家ではない、マンションの素人が読むことを意識している書き方)

工程 使用材料 塗布量 塗り回数
素地調整 ケレン(皮すき・サンドペーパーなど)で、錆・旧塗膜を撤去する
錆止め 変成エポキシ系 錆止め 0.16s/u 1回 
仕上げ 塩化ゴム系ペイント 0.13s/u 2回

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