マンション修繕の実施段階における
専門委員会レベルの参考書

 マンション大規模修繕の実施に際し、計画段階から理事長経験者や建築についての専門知識をもったメンバーで、専門委員会が組織できるなら、それはたいへん素晴らしいことである。専門家の人たちの最大の仕事は、「通訳」と「広報」であると私は考える。
 専門委員会が、自分の力で診断したり仕様書を作ったりすることは現実的でないし、専門委員会にそういうことを期待するのは間違いであろう。ただし、外部の専門家に依頼した、診断の報告を聞き、設計仕様の説明を聞いて、管理組合の代表者としてその内容を把握し、質疑し、承認するという行為に、専門委員会は深く関わることになる。
 しかし、建築関係の仕事をしているからと言っても、じっさいに修繕の経験をもったひとは少ないのが現実である。自分の経験だけで判断することは危険であり、謙虚に学ぶ姿勢が必要と思う。修繕には、修繕のノウハウがある。新築のノウハウとは、異なる知識が必要だということは、下記の本を一冊でも読めばよくわかる。
 また、専門委員会といっても、建築や設備の専門家集団という意味でなく、過去の理事長経験者などで組織する場合がある。この場合も、役割はいっしょで、巨額のお金を動かすことになるので、とくに業者の決定経緯などを、きちんと広報しないと、誤解を生むことがある。修繕の実施レベルでのさまざまな問題に対して、他の管理組合がどのように立ち向かったのかを知る必要が、そこにある。
 そういうレベルの参考書として、私自身も座右の書を何冊か持っている。
 「この本には、このように書いてあるが、あなたはどう考えるか?」という質問をして、改修業者からその答えを聞くだけで、相手の力量や誠意が見えるというものである。

 お奨め度は、まったくわたしの主観だが、印は、どんなマンションにも有益だと確信している。

 (2001/1/18 Upload

建築設計資料 50
集合住宅のメンテナンスとリニューアル
建築思潮研究所・編  
建築資料研究所  ISBN:4874604498
3,786円    A4  208p
 主として、 共同設計・五月社一級建築士事務所が、長年にわたって蓄積してきた、改修のノウハウを、丁寧に解説している。
序: トータルメンテナンスに向けて−集合住宅改修工事の考え方と実際
1: 部位別改修法 (躯体・外壁・仕上げ材のメンテナンス・屋根・その他の防水・金物類・エントランスホール・浴室・設備・外構・オプション工事)
2: 改修工事の標準的「改修仕様書」
3: 集合住宅のリニューアル事例集 (12例)
4: 建築の死 (建物を殺さないための調査・診断 3例)
 写真・図版が多く、実践的な資料が満載
 自分のマンションの改修が終わってから、この書籍と出会った。折しも、全国から「改修設計の仕様書とは、どのようなものか?」という問い合わせが多く、標準的な仕様書を探していた。本書のp80-94では、実物の1/4に縮小した仕様書の実例が収録されている。私の知る限り、この資料が、もっとも実践的であり、まさに「標準」の名に値する。
 ひとつの家族が一人の医者に見続けてもらえるなら幸せだと思うのだが、1棟のマンションも一定期間ひとりの建築家に見守られたら、どんなに安心だろう。そんなことを、考えさせられる「哲学」が、この書にはある。


建築技術増刊 91/04
建物の劣化診断と補修・改修工法
建設省建築研究所・監修
(株)建築技術 
3,398円    A4 292p
序論としての解説
1.外壁(浮き、ひび割れ、欠損、中性化)
2.屋根、防水
3.カーテンウォール
4.内装
5.建具・金物
6.雨樋
7.シーリング
8.塗装
9.注入
10.洗浄、下地処理
11.漏水
12.アスベスト
 主として、実際に診断及び修繕業務に従事している技術者を対象にした、工法の特集号。この書では、劣化診断と補修・改修の提案は、一連の作業として一元的に扱うべきであるという考えに立っている。マンションではなく、事務所ビル一般を対象にした書物。


マンション管理組合Q&A 3
修繕工事の実際をめぐる相談事例
・三井海上火災保険【編】・村井 忠夫【著】
住宅新報社  ISBN:4789211460
2,667円   A5 354p
すべて、じっさいの相談事例をもとに書かれている
第1章 大規模修繕工事の計画作りをめぐる34の相談実例
第2章 大規模修繕工事の実行をめぐる12の相談実例
第3章 大規模修繕工事のための専門組織をめぐる13の相談実例
第4章 建物の劣化診断をめぐる9の相談実例
第5章 工事会社の選定・工事費用などをめぐる13の相談実例
第6章 長期修繕計画をめぐる7の相談実例
第7章 外壁以外の大規模修繕工事の計画をめぐる20の相談実例
第8章 外壁以外の大規模修繕工事の実行をめぐる8の相談実例
 大規模修繕が完了してから、本屋で見つけた。私のHPを見て、全国からいろいろな質問が寄せられたが、この本にも似たような相談事例がたくさん出ている。著者の回答は、たいへん丁寧。技術的なことよりも、管理組合の合意形成というマネジメント面での悩みの深さが、よくわかる。


マンション管理組合
「大規模修繕工事」をめぐる
 ありのままの記録と解説
三井海上火災保険(株)【編】・村井 忠夫【著】 
住宅新報社  ISBN:4789219046  (1996-04-04出版)
4,660円   A5 353p
本書は、実際に進められた大規模修繕工事の文書記録によって構成されている。
大規模修繕工事という厄介で苦労の多い仕事が、いつ・どういうかたちでとりあげられ、どのような経過をたどって具体化していったかという流れが、文書記録とその分析によって語られる。

序章 この本が生まれるまでのいきさつ
第1章 大規模修繕工事を実施したマンションのあらまし
第2章 大規模修繕工事の始まりから終わりまで
第3章 この大規模修繕工事の経過が教えること
 私が、大規模修繕の準備に取りかかったとき、喉から手が出るほど欲しかったのが、この本である。結局、私はこういう本が出版されていることを知らずに苦労し、、同じ思いをしている人のためにHPを立ち上げた。もし、この本を先に読んでいたら、HPをつくることも、マンション問題と深く関わることもなかっただろう。この本の内容と、私のHP開設のコンセプトは、ほとんど同じである。


これだけは知っておきたい
マンションの劣化・修繕の知識
印藤文夫  
鹿島出版会  ISBN:4306011372
2,100円    B6 134p
著者は、(社)北海道マンション管理組合連合会の技術顧問として、1985年以降、北海道において180棟余りのマンション建物診断と、39棟の大規模修繕工事の設計監理を経験。
1.マンション建築劣化の実状 ・・・新築の設計者・施工者向けの警鐘
2.体質改善工事 ・・・改修のしかた
3.定期修繕工事 ・・・管理組合向けの提言
 北海道の気象条件は、建物にとって日本一過酷である。その過酷な条件のなかで、著者は「マンションを60年持たせるには、体質改善工事が不可欠だ」と説く。しかし、そうしたことを知らずに購入した入居者の責任において、高額な体質改善工事を求めるのは、不自然ではないか。北海道内のマンション・ディベロッパーに対し、もっと警鐘を鳴らすことができなかったのか。あるいは、これからマンションを購入するひとに啓蒙することができなかったのか。なぜなら、新築時にこの本が主張する仕様で施工されていれば、大規模修繕のときに「体質改善」の必要などないのではないか。本書の技術的な内容じたいには異論はないが、もう少し「予防医学」的なリーダーシップを発揮して欲しかった。

 

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